shojiの伝統産業を巡る旅

名古屋の学生、shojiが各地の伝統産業を徘徊してます。

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しばし・・・

年度末行事がかさみ、しばしパソコンに向き合いそうにないためブログは3月2日から再開します。

それまで休止。記憶が鮮明なうちに早く再開できるように努めます。
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[ 2011/02/26 02:51 ] お知らせ | TB(0) | CM(0)

行ってきました西の果て

DSC_6537.jpg

本日22日、与那国島の最西端の碑を見て、沖縄の織物巡りは終了です。

ブログは便秘状態なので、すこしずつ消化できたらなと思います。

とりあえずは日本の西の果てからの景色でも。

DSC_6538.jpg

石垣島より台湾のほうが近いという与那国島。

DSC_6545.jpg

残念ながら台湾は見えず。

この先に日本はない。国境なんてあってないようなものなんだな。

沖縄ではネット環境がなかったり、基本ドミトリーで過ごしていたので他の宿泊客と夜おしゃべりする時間が多かったためブログを書くのが滞っておりました。

今後は本島~与那国島までの日々を写真を交えながら再度記事にしていきこうと思います。

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[ 2011/02/23 01:42 ] 沖縄 | TB(0) | CM(0)

工房はなういに行く

21日、与那国島の高い山の裾野にある、「工房はなうい」の三蔵順子さんのもとを訪ねました。

三蔵順子さんは50年余り与那国織に従事し、平成16年には伝統工芸功労で瑞宝単光章を受章。現在、与那国町伝統織物協同組合の理事長を務められています。

夫の養蚕小屋であった建物をじわじわと織物道具を並べ、いまでは5台も高機が並ぶ広々とした織物工房となっています。

まだ与那国島の織物が世間に認知されてなかった頃、三蔵順子さんの織った「ダッチン花織」が昭和59年の全国伝統工芸品展で総理大臣賞を受賞し、その弾みで一気に与那国花織の認知度が高まったそうです。

しかし、実は今でこそ優しくも華やかな色合いの与那国花織ですが、かつては藍などを基調とし、色糸もわずかに入る程度と、地味なものが主流でした。
三蔵順子さん織った白っぽい地に色糸をふんだんに使ったダッチン花織の受賞で与那国花織が脚光を浴び、今の華やかな花織の土台を作りました。

華やかといっても与那国の織物は基本草木染め。地元の草木から実に多彩な色を獲ることができるため、色柄にバリエーションがあり、他所にはない独特の雰囲気を醸し出します。

三蔵順子さんは化学染料を使わず草木染めを徹底するよう若手に指導しているそうです。
「三蔵さんがうるさいから。」と言われることもしばしば。
それでも、島の草木の色、採取方法、染め方を次世代の作り手及び使い手に語り継ぐためにも、草木染めに徹底した姿勢は大切なことと思います。

三蔵順子さんの布のサンプル帳を見せていただいたのですが、歳をとっても全く色褪せることない若い色彩感覚を感じました。変に流行を追うのではなく、しっかりとした土台が存在しています。
そして三蔵順子さん自身が自然体であること。工芸展の総理大臣賞、受勲の賞状が筒に入れられたまま丸まって置いてあり、どこか三蔵順子さんの人柄を感じさせます。

工房の前には原付が停まり、これで離れた家から通っているそうです。三蔵順子さんは与那国織物を象徴するような自然体でおおらかな方でした。

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[ 2011/02/22 10:02 ] 沖縄 | TB(0) | CM(0)

てぃぬ花工房へ行く

おはようございます。携帯から。
昨日20日、与那国島比川集落にある「てぃぬ花工房」のつのだれいこさんのもとを訪ねました。

つのだれいこさんは東京都出身で昭和63年に与那国島に移り住んだ方です。もともとは洋服業界に身を置いていましたが、実は着物好きと織物の道に入ったのは自然な流れのように思えます。

都会から緑に囲まれた場所に移り住むきっかけは「草刈り十字軍」という農林業の有償ボランティアの活動に参加したこと。人手を要する山の手入れ、間伐といったものを有志を募って自然とともにあるライフスタイルを学びながら手伝ってもらうというもの。

その活動の経験と、進む都市開発を目にして、緑に囲まれた場所を求めるようになり、自然豊かな与那国島に出会ったそうです。

与那国島の自然の豊かさは染織にも恩恵を与えます。与那国島の織物は基本、草木染め。しかもその日の染料はその日の朝に採取するのでとても新鮮。
「他所ではフレッシュ(とれたて)というのは特別なことだけど私たちにとっては当たり前。」
ただ、とれたてということは草木に水気が多く、濃い染液がつくりにくくなります。与那国の織物が全体的に軽くて淡い色合いのものが多いのはこういったことが理由なのかもしれません。

与那国島の織物の色調は県内織物と比べても独特です。同じ草木を使っても与那国では色が異なるように思えます。つのだれいこさんを惹き付けるものがあるのでしょう。そして与那国島の特徴として地元で織物の需要があるということ。行事衣装は一人一着もっているほど、頻繁に注文が入るそうです。「織手には恵まれた環境」とつのだれいこさんも仰います。

与那国の織物は文化と産業の両立が出来ているように思えます。
また、行事が残っていることで実際に身につける機会があることも消費者が「育つ」要因と言えます。

つのだれいこさんの工房は人柄が現れているように丁寧にレイアウトされています。織物を存分に楽しんでいるように見えました。
豊かな自然と文化に支えられて人とものづくり、及び喜びがあるのだと、与那国島は教えてくれます。

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[ 2011/02/21 10:05 ] 沖縄 | TB(0) | CM(0)

与那国島は雨

携帯から。

19日、今日も与那国島は雨。
午前中は民俗資料館に行こうとしたけどお休み。同じく研究目的で来ていたおじさんと会い、お互いに出直しですねとその場をはなれました。

昼も近い中途半端な時間で仕方なく町歩き。
与那国島の町並みはところどころに赤瓦の家が建っているものの、なんとなく他の島とは雰囲気が違います。何が違うとは言えないですが、どこか沖縄の端であることを感じさせます。

午後は宿に帰り昼食をとり、伝統工芸館に向かうと、民俗資料館の入り口で会ったおじさんと再会。「今から織物の工房行くけど、どう?」と誘われ、一緒にいくことに。

工房に着くと高機がたくさん並ぶ部屋に人が二人。手織り小物をつくる工房だとか。
サンプルや伝統的なドゥタティと呼ばれる爽やかなチェック柄の衣装を見せていただきました。

「糸は他所から買うけど、与那国の織物は手織り、地元の草木を使って染めている。」
とのこと。
行事に欠かせないドゥタディは今も地元で織られ、逆に石垣島からも織りを頼まれることもあるんだとか。

文化としての織物、産業としての織物、バランスが良い印象を覚えました。
どんどん与那国の織物の今を探っていきたいと思います。

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[ 2011/02/19 20:27 ] 沖縄 | TB(0) | CM(0)

いま与那国島にいます

日記の更新滞っています・・・。

実は今は与那国島。最後の島に来ているんです。
更新が滞っているうちに記事にしようと撮りためた写真は膨大な量となり日記といっても回顧録になりかねない状態です^^;

宮古島を出た後、石垣島→竹富島→小浜島と渡り、本日与那国島に到着しました。
当初乗る予定だった船は悪天候のため欠航。激しい揺れで船酔い続出、通称「ゲロ船」と呼ばれる石垣~与那国間のフェリーに乗ってみたかったものに、残念。結局飛行機できてしまいました(お金が悲)

今日はゆっくりたまってる記事を消化しようかな、と思っていたのですが宿泊先のインターネット環境がちょっと不便で思うように更新できず。というわけで軽く日記でも。

今日は沖縄は「十六日祭」とよばれる行事が行われています。
これは旧暦(のようなもの)の1月16日があの世の正月とされ、先祖様と一緒にお祝いをしようというもの、かな?先祖様のお墓の前で親戚が集まり飲んで食べての宴会。墓場がこの日ばかりはピクニック広場みたいになるんです。

そんなわけで、今日はお店はほとんど休み。何処にいっても相手にされないので今日は島の自然たちに相手をしてもらいました。
与那国島は他の沖縄の島々とはまるで風景が異なります。深い青の海、切り立った断崖、荒涼とした草原、日本中探しても与那国島だけの風景と言えると思います。奥まった道にいくと馬や牛がすぐ目の前に。道も糞だらけ。

宿で原付を借り、島を半周しただけですが、起伏に富んだ島で少し走っても風景が変わり、島の狭さを感じさせず、とても楽しかったです。自分は与那国島の風景がとても気に入りました。

今日はちょっと肌寒く、小雨降る曇天模様。明日は天気がよいと良いな。
写真、ちょっとずつUPしていきます。

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[ 2011/02/18 21:59 ] 沖縄 | TB(0) | CM(0)

更新滞り中

最近、夜にわいわいやったり疲れてそのまま寝てしまったりで、更新が滞っています。

毎日増える情報と処理速度が追いついてない感じですんまへん。

ざっと最近の流れをいうと、

6日 久米島紬新作発表会、交流会参加
7日 久米島見学、周遊、久米島最後の夜
8日 久米島出発→那覇入り。南風原織、琉球絣の展示場を見学
9日 沖縄県工芸支援センター見学、読谷へ読谷山花織を見に行く。
10日 那覇→宮古島へ。工芸研究センターへ見学
11日 宮古島内の工芸体験村へ行く
12日 工芸研究センターへ再訪。地元の博物館へ行く。その後島内を周遊。
13日 数日間宿泊したゲストハウスに別れを告げ、プロペラ機で石垣島へ。みんさー工芸館を見学。親の知り合いが石垣にいるとのことで会いにいき、そのまま飲み会へ。
14日 遅めの起床。前日買ったミンサーの資料に目を通す。←いまここ

こんな感じできています。
ゆっくりしたときにまた記事更新していきます。

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[ 2011/02/14 09:49 ] 沖縄 | TB(0) | CM(0)

2月6日、久米島紬帯新作発表会にて②

久米島紬帯新作発表会の後、来場した皆さんと交流会があり参加してきました。
交流会には町長や着付けの先生、沖縄工芸関係の人、他県から、様々な人が集まりました。

食事はホテルのバイキング。いつもは安飯なので食い溜めしておこうと意気揚々とスタンバイ。
久米島紬の理事長の隣に立っていると自分が自己紹介せずとも理事長がどんどん紹介してくださって、最早島中に知れ渡ってしまったんじゃないかと思う程、いろんな方と知り合うことができました。

「食え食え」と運ばれる料理皿たち。目上の方々に囲まれ自分はお酌係でなかなか箸が進まなかったものの、豪勢な食事に働いた甲斐があったというもの。
それにしても、久米島紬を通してこれだけの人が集まれるのも久米島の気質か。おそらく同じことを本土側でやったところで人は集まらないだろうなと、島の横のつながりが羨ましく思えます。

宴もたけなわ。さぁさみんなで踊りましょ、との合図とともに、島の人も、内地の人も、90歳以上のおばぁも一緒になって両手をくねくね、ステップ踏んで踊り出します。
自分も見よう見まねで踊ってみると、そこには上下関係もありません。楽しくみんなでわいわい、自然と笑顔になります。

久米島紬帯新作発表会、実はそれは口実であって、こうして人が集まることに意義があるのだと。そして多くの人に見てもらうことでつくった人が更に意欲を持てることができればそれでいいじゃないか。たとえ、この新作が売れまいが、大いにこの会を開いた意義はある。
結果が全てではない。むしろ過程にこそ本当の価値がある。小さな島で行われた小さな新作発表会は確実に人の輪を広めました。

直前にバタバタした発表会も、無事に滞りなく終わることできました。
撤収作業には、貴重な男手として荷物運びを担当。自分以外には男手は組合の経理Mさんのみだったので、それなりに役に立てたかな。

普段は久米島にいても紬を着る機会はなく、こうして機会が出来たことでみなさんとても嬉しそうでした。場さえあれば久米島紬も今の時代に生き生きと映えるだなと確信しました。そして自分も紬を着させてもらったことで、より親しみを覚えることができました。

そして今回の会を催すにあたって尽力された役場の関係者さんの存在も頼もしいところ。久米島でこれからも頑張っていただきたいですね。

ひとまず、バタバタも一区切り付き、組合のみなさんとおつかれさまでした、とこの日を終えました。

久米島の夜は真っ暗で夜道は軽く迷いましたが。

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[ 2011/02/12 10:22 ] 沖縄 | TB(0) | CM(0)

2月6日、久米島紬帯新作発表会にて①

6日、久米島紬の帯新作発表会及び交流会に参加してきました。

参加といっても組合スタッフとして受付、搬入出、その他いろいろな仕事のお手伝いをさせてもらいました。

朝、久米島紬組合の事務所で待ち合わせ。なにやら朝からパタパタしている様子。
いろいろと直前になって準備することが増えたそうで、差し迫る時間にピリピリした雰囲気が漂います。

午前中は組合のMさんに同行して段ボール運び。
前もって準備しておけばいいのに、のんびりして直前になってパタパタする。
「これがいわゆる、うちなータイムよ。」とMさんは教えてくれました。
今回が地元開催だったからいいものの、出張だったらこうはいかない。沖縄の人はイベントごとを企画するのが苦手なのかもね。

この日は着物を着用することになっており、Mさんと自分は午前中から着付けの先生に着付けてもらいました。去年から組合で働くMさんは着物を着るのは初めてだそうでかなり苦しそうです。いち早く脱ぎたそうでした笑
日差しが強く、冬物の久米島紬を着ていると汗がにじみます。

会場は久米島内のホテル。
会場での準備に向かい、なんとなく作業も一区切りし、弁当をつまみながらMさんと和んでいると、またまた直前になってあれこれ仕事が。花を買いにいったり、組合事務所に戻ったり、車で島を行ったりきたりする中、「さっきまでのんびりはなんだったんだろね」とお互い苦笑い。

Mさんと行動をする車中、島の生活のこといろいろ教えてもらいました。
島にはこれといった娯楽施設がなく、「やることがないから酒を飲む(笑)」のだそう。島の飲み会は長く、夜の1時2時は当たり前、時には4時までばか騒ぎなんてことも。そしてそれが当たり前かのように付き合うお店。しかもしょっちゅう飲み会に誘われて、次の日が仕事だろうと飲み会。飲んで踊って歌って、そして仕事へ。たくましいですね。

それと島の一番の遊びは「釣り」。Mさんも「釣りは最高」というように、いたるところで釣り竿を構えたおっちゃんたちを見ます。きれいな海に囲まれた久米島で釣りをするのはなんと爽快なことだろう。内地の海はゴミだらけで汚いねとMさんも言うように、このきれいな海は島の特権ですね。

そして、受付開始の2時が迫り慌ただしさが一層増して緊張感が漂ってきます。
自分は来た人を誘導したり、受付に座ったり、それなりに働かさせていただきました。いつも布を織っているみなさんも、今日は久米島紬を着て続々とやってきます。久米島にいても久米島紬を着る機会はほとんどなく、みなさんも嬉しそうに紬を着ていました。

今回の帯新作発表会はファッションショー形式で、有志がモデルとなり観客の中を歩いてお披露目します。伝統的な久米島紬と、色物で華やかな新しい久米島紬の発表をし、伝統的な紬にはなんと90歳以上のおばぁが4名モデルとして参加しました。足腰が痛くとも、しっかりとした足取りで、とても90歳をまわっているとは思えません。「紬は人をきれいに見せる」という謂れがあり、紬からパワーをもらっているように、みなさんとても元気です。

新作については、いつもは挑戦しないような柄、色を取り入れ、織り手が楽しんでつくっているなぁという印象を受けました。別にデザイナーや芸術家でなく、普通のおばちゃんたちが「この色柄はどうだろう」と思案している姿を想像すると、ものをつくることと生活が近い関係にあることの凄みを感じます。

直前のぱたぱたがウソのように、滞りなく会は進みました。

発表会の後、交流会も行われ久米島のみなさんとしっかり交流してきました。

その様子は②で。

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[ 2011/02/08 03:19 ] 沖縄 | TB(0) | CM(0)

久米島紬の着物を着る

ども、オリオンビールとミミガーとともに。

本日は久米島で行われた「久米島桜まつり」に参加してきました。本会では久米島紬の着付け体験ができるということで、早々に予約しておきました。

久米島紬の組合理事長さんに朝から同行して会場に連れて行ってもらい、ついでにまつりの設営も手伝ってきました。

会場には、いつも久米島紬を織っている皆さんが着物で登場。やはり織物は着物として着られるのが一番。反物からはわからない模様の存在感がわかります。

自分も男物を着付けてもらいました。男物は女物よりも柄が細かく落ち着いた感じです。自分は肉付きが足らず、中にタオルを詰めて補正してもらいました。

実際に着てみると、着物は動きづらいのですが、着物に逆らわなければきれいな所作が生まれることがわかりました。自分はまだまだその境地には達してませんが。
そして不思議と丁寧な着物を着ると自然と気持が引き締まります。

そして久米島紬は着てみると暖かかったです。風の強い久米島にぴったりの着物と言えます。
色も素朴な中に艶やかさがあり、奥深さを感じます。

やっぱり着物ってすごいな、久米島紬っていいなって思います。着付け体験も盛況で女性がこぞって久米島紬を着にきていました。豪華すぎず身近に感じられる久米島紬は自然と人を引き寄せます。

こうした様子を見ていると、なんだか時代は一回りしたのかなという印象です。新しいものをいろいろ試し、結局これからは根幹にあるものに帰ってくる時代なんだろうな。
将来、自分も久米島紬が欲しくなりました。

明日は久米島紬の帯の新作発表会。スタッフとして働いてきます笑

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[ 2011/02/05 19:42 ] 沖縄 | TB(0) | CM(0)
プロフィール

shoji

Author:shoji
名古屋の学生です。
今年度は日本の伝統産業を巡る旅に出てます。
旅先で見たこと体験したことを日々綴っていきます。

※すでに旅は終了しています。

mail:cus-show at hotmail.co.jp



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