shojiの伝統産業を巡る旅

名古屋の学生、shojiが各地の伝統産業を徘徊してます。

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なにごとも実際に見て聞いて考えないとね。

大館に来てから実際にいろいろなところを訪ね、それでしか得られない経験がいっぱいあったなぁと感じます。

この前、体験工房にて偶然会った市内の花岡に住むおばさまのお宅に招かれた際、帰りにお土産をいただいていたのです。
旅日記にも記した通り、このおばさまはクリスチャンで、お土産はクリスチャンの方が書いたエッセイでした。

こういう話となると、「なんだ布教活動か」と見る方もいるかと思います。多分自分も第三者だったらそうおもっていたかな。宗教となるとついつい身構えてしまうのは日本人の気質なのか、仏壇や神棚のある家で育った自分は違和感に似た感情を持ってしまいました。

しかし、中を読んでみると、身構えていた自分の視野は狭かったなと思ったわけすよ。
クリスチャンの考え方を「宗教」という目で見る必要は全然なくて、人の考え方、生き方だと思えば、おじいさんおばあさんから聞くありがたいお話となんら変わらないんだな、と思いました。

クリスチャンの考え方として、「全ては益である。」というものがあるそうです。
それは、どんな悲しいこと、苦しいことがあっても、神様が示しくださった道であって、それはいつか自分にとってプラスになるみたいな感じらしい。
それって、「どんな苦労があってもいつか自分の為になるよ」って、よくおばさんとかに言われるようなことじゃん。それを実践するのは難しいことだけど、それができたら、どんな苦労にも向き合える気がする。これを実践している人は強いなぁ・・・。

そしてこれが、悪いことをすれば罰が当たる、善い行いをすればいつか報われる、といった仏教的倫理観と相容れないこともわかりました。人の考え方っていろいろなんだな。


宗教と聞いて身構える必要は全くなかったんだなぁ。仏教だってキリスト教だって、昔の人の人生アドバイスだと思って聞いてればありがたいお話じゃないすか。やっぱり、何事も実際に見て聞いて考えなきゃ勿体ないと感じました。

あ、別にクリスチャンになるわけではないですよ。いいじゃない、入信するしないとか考えなくて。なんだって自分にとってためになる考え方だと思ったら、かいつまんでいけばいいのだと思いました。

ちょっとデリケートな話題もたまには。
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[ 2010/07/18 00:46 ] 旅日記 | TB(0) | CM(0)
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プロフィール

shoji

Author:shoji
名古屋の学生です。
今年度は日本の伝統産業を巡る旅に出てます。
旅先で見たこと体験したことを日々綴っていきます。

※すでに旅は終了しています。

mail:cus-show at hotmail.co.jp



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