shojiの伝統産業を巡る旅

名古屋の学生、shojiが各地の伝統産業を徘徊してます。

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古きに学ぶ

自分の考えをネチネチ語ってみたくなるお年頃。

DSC_3968.jpg
最近、感心することは、伝統工芸品の素材の経年変化の美しさについて。

最近一番の驚きは、写真の年季の入った竹細工。
使い込んでしなやかで飴色になった竹は、言葉にならない「良さ」があります。

DSC_3976.jpg
ちなみに新品の物は、若々しい、よく見る竹の色です。

自分の曲げわっぱの弁当箱も使い込むうちに、自然なツヤがでてきていい感じになってきました。
「あぁ、これが日本人の美意識か」なんて思っちゃったりね。


美意識は国、地域で異なります。数ある歴史的建造物を見れば自明ですよね。

自分が侘び寂びを語るにはとんでもなく無教養ですが、日本の風土から生まれた故、日本人に馴染みやすい美意識だな、と感じています。

日本の風土は、温暖で雨量が多く四季があるのが特徴です。自然環境が大きく変化するので、古くから人々は自然の前にひれ伏してきました。自然は美しい情景を映す反面、物は朽ちやすい。そんな風土だからこそ生まれた日本の美意識。

よく日本の美意識を語る上で、西洋との比較が例示されます。

西洋の美意識は、完全無欠こそ美。幾何形態が基本で、自然を支配することを志向する文化。
日本の美意識は、自然の流れに合わせて変化していくこと、自然と同調することを志向する文化。

という感じで説明されます。(正確な文章ではないので引用はしないで下さい。)

侘び寂びには、「物が朽ちていくのは自然の流れ、だからこそ美しい。」という日本の風土に生まれた人々のたくましさを感じます。
不思議と伝統工芸品は、年を重ねるごとに味わいが出てくるものがほとんどです。侘び寂びの美意識を持った教養人に好まれた、選ばれし工芸品だからでしょうか。

物が出来上がったときが「完成」ではない。使い込み、自然の攻撃に晒されながらも、凛とした姿を保ち続けることができて初めて「完成」するのです。
その完成像への憧れから、わざと古びた細工をしたり、骨董を集めたりするのでしょう。

DSC_39201.jpg
南部鉄瓶に見られる「くさり」「もやし」「虫食い」といったものはまさに侘び寂びに由来するものだと思います。
「くさり」とは、写真の蓋のつまみに見られる劣化に見せかけた穴、「もやし」とは鉉(つる=取っ手)にみられる錆のような凹凸(写真ではわかりづらい)「虫食い」とは虫が食ったような鉉の穴(鉄を食う虫なんているのか?)。

しっかりと現代にも日本の美意識の伝統が息づいていますね。
・・・と言いたいところですが、もはや形式化されている印象も受けます。
この辺の伝統の継承にも力を入れてほしいものです。


こういう感覚的な部分というのは、奥深いが故に理解されにくいところ。
ですが日本のアイデンティティとして是非残していきたいですね。

寝る前に書いて駄文になりましたが、一度は触れておきたい話題でした。
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[ 2010/10/20 02:27 ] 思うこと | TB(0) | CM(0)
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プロフィール

shoji

Author:shoji
名古屋の学生です。
今年度は日本の伝統産業を巡る旅に出てます。
旅先で見たこと体験したことを日々綴っていきます。

※すでに旅は終了しています。

mail:cus-show at hotmail.co.jp



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