shojiの伝統産業を巡る旅

名古屋の学生、shojiが各地の伝統産業を徘徊してます。

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伝統産業に何が出来る?

伝統産業をもっと広い視野から見てみましょう。

生活必需品でもない贅沢品、3K(きつい、汚い、危険)、毎年多額な補助金がつぎ込まれている・・・

果たしてこんな産業が社会に必要なのだろうか?
常々そう思いながら、伝統産業を回っています。

その問にやはり自分は「必要」と答えたい。

自分なりに伝統産業の存在意義を考えてみました。
ここで「豊かさ」とは何だろうと考えます。

最近ではGNH(国民総幸福量)という言葉が頻出します。
GNPなどの金銭的、物的豊かさの指標から、「あなたは幸せですか?」と、精神的な豊かさを問うGNHへ、という風潮があります。


「GNH」解説
GNH(国民総幸福量)はブータン王国発祥の概念で、同国ではその指標に「持続可能で公平な社会経済開発」「自然環境の保護」「有形、無形文化財の保護」「良い統治」の4本柱を掲げている。


あくまでブータンのお国柄を反映したものなので、日本にそのまま適応するのはどうかとは思いますが、「豊かさ」を考える上で参考になると思い紹介しました。

お金や物がたくさんあっても「豊か」とは限りません。
楽しいと感じる仕事、余暇時間の質、趣味、生き甲斐・・・さまざまなものを考慮しなくてはなりません。
そして、「豊かさ」が「持続可能」であるのが望ましいです。


「持続可能な豊かさ」に伝統産業はどう応えられるだろうか。

まず、ひとつに製品視点から。
伝統工芸品は今ほど物が簡単に手に入らない時代から続いているものです。
自然と、地元にあるもので作り、そして長持ちさせることを前提に発展してました。
本来、木や漆はうまく付き合えば半永久的に手に入る素材です。
鉄器は溶かしてまた鉄へ、鋳型に用いる土は何度でもリサイクルできます。
竹細工は折れても差し替えれば簡単に修理できます。
長持ちする素材、使いやすい形、修理可能な構造、飽きない芸術性、それらが長年のモニタリングにより選ばれてきました。
伝統工芸品は使い込むにつれ素材の味わいがでてきます。そして日本人に自然と馴染む造形美があります。
贅沢品と言われ高価な工芸品ですが、長持ち、持続可能性から見れば優れた製品と言えるでしょう。


次に、産業としての視点から。
持続可能性は資源、自然環境からの視点はよく議論されています。
しかし、仕事に従事する者のモチベーション、やりがいまで語られることあまりありません。
いくら給料が良くても、仕事にやりがいを持てなくては続かないように、従事者のやりがいは持続可能性の重要な部分を担っているはずです。
その点、伝統産業の「手作り」という要素は、製造従事者が製作の実感を得やすく、お客さんが買ってくれた、賞をもらった、という喜びが増幅される傾向にあります。これは職人さん方とのヒヤリングからも感じ取れます。
伝統を継承するという意義も、やりがいに繋がります。これは産地が存在する限り、たとえ職人にならずとも誰でも共有できるものです。
そして、直感的に製作できるため多種多様で柔軟なものづくりが可能です。これは修練によって身に付く技術、経験によって実現するもので、簡単に真似できるものではありません。この柔軟性も持続可能性を高めます。


最後に伝統という奥深さ。
伝統産業が伝えてきたものは技術だけではありません。仕事に取り組む姿勢、歴史、知識といったものがあります。
伝統的に職人間には飽くなき探究心と真摯に仕事に取り組む姿勢が育まれてきました。これは師匠から弟子へと受け継がれる「職人道」のようなもので、仕事に奥深さを持たせています。(しかし現在これが継承されているのは職人の中でもごく一部の方です。またこれが閉鎖的なイメージをつくっているのも事実です。)
歴史や知識といったものは、作り手、使い手の「知る欲求」を満たし続けます。
こういったものも持続可能性に繋がると思います。



本来、伝統産業は持続可能で人々の豊かさに応えうる産業です。
しかし今、「後継者がいない」「補助金も貰い続けている」「低賃金」と持続可能性とは真逆なイメージが付きまといます。
確かに様々な問題は抱えています。後継者がいない最たる理由は、やはり低賃金。ですが、これは現状の伝統産業の販売力、経営能力の乏しさによるもので、解決できないものではありません。というのも、今は職人は製造、営業、販売、経営まで一人何役もこなしているのが現状です。それでは販売力、経営能力が乏しくなるのは必然です。そこに、ノウハウを持った者が新規参入することで大きく飛躍する可能性はあります。

ではなぜ、行政がこんなに補助金を出しているのに問題が散在しているのか。それは補助金の性質に問題があるためです。あくまで補助金は公益的な意義を持たせなくてはいけません。後継者育成のための補助、振興のための催事の費用、新作の開発など、それらが産業の基盤である「収益」に繋がることは稀です。
要するに、多額な補助金も、費用対効果が薄く、意義ばかり優先され質が伴っていないのが現状です。対症療法的で次に繋がらない、これでは補助金は膨らむばかりです。
これは行政を非難するものではありません。行政の限界を示唆するもので、この埋まらない行政と民間の溝を、新たに民間の力で柔軟に対応していく必要を指摘するものです。



以上、伝統産業は今でこそ大きな問題を抱えていますが、ちょっとしたアイデアで大きく化ける要素を持った魅力ある産業です。閉鎖的で保守的と言われ続けた伝統業界も、徐々にオープンに、新しいことをやろうという気運が高まりつつあります。古い、ダサイ、と言われ続けた伝統工芸品も、若い世代には逆に新鮮に映るようです。
それに今や一個人が情報を発信できるわけですから、職人といえども物づくりを通して社会に訴えることだってできます。これからますます閉鎖的な姿勢は解消されていくでしょう。



ここまで来たら「伝統産業は必要か」の問にノーとはなりません。
現に働いている人を見てればそう思います。
伝統産業は世間の認識より、もっと夢のある世界だと思います。

長文すいません。
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[ 2010/10/21 20:21 ] 伝統産業について | TB(0) | CM(0)
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プロフィール

shoji

Author:shoji
名古屋の学生です。
今年度は日本の伝統産業を巡る旅に出てます。
旅先で見たこと体験したことを日々綴っていきます。

※すでに旅は終了しています。

mail:cus-show at hotmail.co.jp



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