shojiの伝統産業を巡る旅

名古屋の学生、shojiが各地の伝統産業を徘徊してます。

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南部鉄器、盛岡、水沢

南部鉄器の産地は2つに分かれています。

県中央の盛岡、県南部の水沢とそれぞれルーツの異なる産地の鋳物を総称して「南部鉄器」と呼びます。もちろんそれぞれに組合が存在します。

盛岡の南部鉄器の発祥は、400年ほど前、当時の南部藩主が京都から釜師を呼び、お茶道具を作らせたのが始まり。

水沢の南部鉄器の発祥は古く、平安後期、今から900年ほど前に遡ります。近江国(現・滋賀県)から鋳物師を呼び、鉄器を作らせたのが始まりです。
ただその頃の鉄器は今のように工芸品ではなく、農具などの生活道具が主でした。
かつて鋳物師というのは各地を渡り歩いていたので、水沢に鋳物師が定住するようになったのは室町時代になってからとなります。


お茶道具などの精巧さが要求された盛岡、
農具、鍋などの生活道具などを生産していた水沢。

その傾向は今もみられ、盛岡には伝統的な焼き型を用いて、芸術性の高い工芸品としての鉄瓶や湯釜をつくる小規模の工房が多く、水沢には量産向きの生型を用いるリーズナブルな鉄器、そして工業部品も手掛ける工場が多いです。水沢のほうがより幅広く鋳物を扱っているので業者数も多いです。


比較的後継者に恵まれた盛岡に対し、量産に向いた分業体制を敷いた水沢の産地では依然として後継者問題を抱えているようです。こうした分業制を敷いた産地は数多く有り、後継者問題に大変頭を抱えています。
とはいえ、逆に手作りの工芸品を中心とした盛岡では大きな工場が廃業になってしまったということもあるようです。どちらの形態にも良し悪しはありますね。


どちらの産地もしっかりとしたものづくりをされています。鉄器を選ぶ際はいろんな工房を調べてみるとおもしろいですよ。
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[ 2010/10/31 00:28 ] 南部鉄器 | TB(0) | CM(0)
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プロフィール

shoji

Author:shoji
名古屋の学生です。
今年度は日本の伝統産業を巡る旅に出てます。
旅先で見たこと体験したことを日々綴っていきます。

※すでに旅は終了しています。

mail:cus-show at hotmail.co.jp



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