shojiの伝統産業を巡る旅

名古屋の学生、shojiが各地の伝統産業を徘徊してます。

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これからの伝統産業②

これからの伝統産業①からの続き。

「伝統産業は手工業であるべきか?」について書いていきます。

手工業は生産能力が低い上に、比較的賃金の高い日本においては効率の悪い産業とされてしまいます。

その上で伝統産業は手工業である必要があるでしょうか?

それに対する自分の答えは「必要」です。
しかし、それは作り手と使い手がお互いにアクセスしやすいような体制であることを前提とします。

以前にこんな経験をしました。
自転車が故障した際、購入した店に修理を出しに行った際、売り場にいた係の人は「これはメーカーに預けてみないと保障が利くかわかりませんね。」と言い、とりあえず直るのは2、3週間後になると伝えられました。
故障は部品のシャフト一本が折れただけ。部品は特注品なので、部品全部を総取り替えになりました。

こんな話は決して珍しいことではなく、流通や製品が複雑になった現代においてしょうがないと言えばそうですが、なんだか腑に落ちない思いがしました。
製品から作り手が見えない、特別な機械がないと部品がつくれない、修理できないというのは気づいてみると大量生産、大量消費の社会の姿を見ているようです。


手工業を見ていると、作り手から直接買った手作りの製品は、買ったところに持っていけば間違いなく直すなり作り替えてくれるし、わからないことは聞けば本人が答えてくれます。手づくり製品は、作り手の感覚と製品が密接に結ばれているため、使い手は物を通して作り手へアクセスしやすいという特徴があります。

量産を前提とした商品をみていると、買ったときがピークであとは劣化していくものがほとんどです。それに引き換え、工芸品は、使ううちに性能、風合いが向上し、たとえ壊れても修理して長く使うことを前提につくられているため、作り手と連絡をとれば修理してくれ、別の物に作り替えることだってできる。そしてそれらが高価な機材を用いなくても可能であること。
こういった手作り製品の、作り手によるアフターケアのしやすさ、使い手のアクセスのしやすさというのは機械生産にはないものがあります。

もちろん、問屋制や工場制を敷いている産地もありますので、現状の工芸品の全てにこうしたアクセスのしやすさが確保されているわけではありません。手工業を活かすためにも、使い手と作り手のアクセスを整備する必要があると思われます。


幸い、世間の風潮からも今は物自体のハードの部分だけでなく、作り手の声、サービスなどといったソフトの部分が重要視されるようになって来たと感じます。それに応えられるだけの素養を手工業は十分に持っているはずです。これからは作り手と使い手を人間関係で結ぶような、そんな仕組みづくりがかかせないでしょう。


以上。自分が思うことでした。
これからの伝統産業に思うことはたくさんあり、なかなか上手くまとめられなくて①、②では全て語ることはできませんでしたが、今こんなようなことを考えながら工房を回っています。
もちろん手工業の技術や芸術性といったところも重要なものですが、今回はちょっと違う視点から書いてみました。
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[ 2010/11/05 02:57 ] 伝統産業について | TB(0) | CM(0)
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プロフィール

shoji

Author:shoji
名古屋の学生です。
今年度は日本の伝統産業を巡る旅に出てます。
旅先で見たこと体験したことを日々綴っていきます。

※すでに旅は終了しています。

mail:cus-show at hotmail.co.jp



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