shojiの伝統産業を巡る旅

名古屋の学生、shojiが各地の伝統産業を徘徊してます。

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伝統工芸士、佐々木さんに聞きました。part1

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24日は大館曲げわっぱの伝統工芸士にして現代の名工、佐々木悌治さんに、ご自身のこと、曲げわっぱのことをお聞きしました!
すぐに更新したかったんですけど、どうもインタビューをまとめるのは時間がかかってしまって・・・。

「磨ぎ上手は仕事上手。職人は道具も自分で磨ぐんですよ。だから仕事のできる人は磨ぐのも上手なんです。
下手な道具だと時間もかかるし、仕上がりも綺麗にできないからね。」
今もご自身で手入れをされる佐々木さん。鉋を磨ぎながら僕のインタビューに付き合ってくださいました涙

part1は佐々木さんの現在に至るまでを、時代の流れとともにお聞きした内容です。
(以下インタビューの内容です。)

Shoji:それではよろしくおねがいします。今日お聞きしたいのは、まず佐々木さんご自身の今に至るまでのこと、次に曲げわっぱの材料となる木のこと、大館が産地として活気がある由縁を中心にお聞きしたいと思います。
佐々木さん:はい。
Shoji:ではまず、佐々木さんの今に至るまでのことをお聞きします。佐々木さんはこの仕事をされるようになって何年目になりますか?
佐々木さん:曲げわっぱやるようになってからは、45、6年になるかな?
Shoji:前は家具のお仕事をされていたそうですね。
佐々木さん:そう。家具をやってましたね。
Shoji:家具から曲げわっぱに移られたきっかけは何だったのでしょうか?
佐々木さん:うーん、やっぱり私も2、3年自分でやってたんだけど、そのころ全国的に既成の家具が出てきて、組織立った大きな工場で作ったのには、価格的にもかなわないし、これから大変だろうなと思っていたところに、大館工芸社(現曲げわっぱメーカー)で職人を欲しがっているという話を聞いて、まず声かけてみたんですよ。
Shoji:ではその頃は、木の仕事はやられていたそうですが、木を曲げたりということはされてなかったのですか?
佐々木さん:ないです。大館工芸社もそのころは曲げわっぱつくってなかったんですよ。
Shoji:そうなんですか!
佐々木さん:えぇ、私が大館工芸社に入ったのは昭和36年。
Shoji:その頃は大館工芸社は木工・・・
佐々木さん:木工の会社でしたが、民芸的な物を作っていました。木工ですから、技術が役に立つし、機械に詳しい人を欲しがっていたから、それで入ったんです。
Shoji:その当時は曲げわっぱをつくってなかったそうですが、誰かから教えてもらっていたのですか?
佐々木さん:いえ、曲げわっぱをつくるようになったのは、それから4、5年経った後で、それまでは販売はしていたんですが、作るのは下請けさんに作らせて、問屋みたいな形で取り扱っていました。ですから曲げわっぱについてはある程度の下地があったわけで、でも自社ではまだ作っていなくて、別の仕事も結構忙しかったし。だけども、下請けさんだけでは生産が追いつかなくなって、注文も多かったから。それで自社でも作りたいなと思って、そういうことから
始まったんですよ。
Shoji:なるほど。そのころはプラスチックのものはなかった?
佐々木さん:いえ、結構ありましたよ。だけども、戦後、曲げわっぱのお盆が随分売れたんですよ。内側を赤く塗って、外側は杉の木目を出したもので、それがもうすごく売れて、それを自社でも作り始めた。
Shoji:それが本当に人気だったんですね。
佐々木さん:そうですね。それまでは曲げわっぱにタッチしてないからわからないけども、多分、デザイナーの人が組合にヒントを与えたのかな?内側を赤く塗って売るっていう。

Shoji:曲げわっぱを自社でつくり始めてからご自身で研究なされたんですか?
佐々木さん:大体の工程は、下請けさんに用事があって行ったりして、見聞きしてるから、おおよその工程はわかるんだけども、でも実際に手掛けてみないと、ただちらっと見ただけではなかなか難しくて、最初は自分も木工技術は持っているし、何とかなうだろうと思ってやっていたけども、意外に難しくて丸いお盆を作るのにも丸くならなかったり、はめ合わせの部分がどれくらいの厚さ、長さでしたらいいのかさえわからなかったですから、全然丸くならなくて苦労しました。厚すぎるとあわせの部分が突っ張ってしまうし、薄くしすぎると飛び出してしまうし、なんせ、これぐらいにすればいいとか教えてくれる人もいないし。しかも自分は工場長だったから他の従業員にもやらせる訳ですけど、ところが自分も詳しく知らないからなかなか大変でした。
それで考えたのが、形を修正する方法。丸くないものを丸くする方法。
Shoji:そのころは珍しい方法だったのですか?
佐々木さん:そう。
Shoji:それは当時企業秘密であったりとか?
佐々木さん:うーん、ま、当時はそうであったけども、今は別に。型を作って後ろからバーナーを当てて温め、木を型に沿わせて丸く直してました。
Shoji:今もそのやり方でやってます?
佐々木さん:今はやっていません。もうわかったから。まっすぐする方法とか、丸くなっていないものでも接着の段階でとか丸く直せるようになったから、その装置はもう使ってないはず。

Shoji:当時は今のように「大館曲げわっぱ」としての知名度があったんですか?
佐々木さん:んー、今ほどはなかったと思います。
Shoji:それでは佐々木さんもこの頃初めたというように、これからという産地だったんですね。
佐々木さん:そうです。ただ大館工芸社は曲げわっぱの前につくっていた商品を、デパート問屋に卸してました。デパートに直接売るんでなくて、中間に全国に組織的で大きな問屋が何件かあるんですよ。そこに商品を売るわけ。でそこがデパートに納めるという格好が多かったですね。
Shoji:早くから市場を確保していたのですね。主に市場は東京とか都市部でしたか?
佐々木さん:そうそう。ほとんど中央が主で東京とか、関西でも結構売れたし、もうあらかた全国的な販売網はありました。というのはそのデパート問屋っていうのは漆器問屋だから。今はだんだん漆器は廃れてきたけども、当時は漆器の方が有名でした。その中で我々が作ったものが一風変わっていたから。例えば輪島塗とか、会津漆器とかと比べて、杉の木地も表していたし、おもしろさや珍しさがあったと思います。最初の頃はそういう曲げわっぱというのは漆器売り場の中に混じって売っていたんです。
だんだん年数が経ってくるうちに従って、木地をいわゆる「ナチュラル仕上げ」と言っていたんだけども、透明塗装になっていったんですよ。今のように色ものでなくて、木地そのものを表したものがだんだん出るようになったんですよ。
Shoji:これっていうのはデパート問屋に?
佐々木さん:そうです。ちなみに透明に仕上げるのではウレタンしかないんですよ。食品衛生法をクリアできるのが。
Shoji:だからポリウレタンを使うんですね。

長くなったのでpart2へ続きます。
part2では伝統工芸士の試験の様子をお聞きしています。
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[ 2010/05/28 13:13 ] 大館曲げわっぱ | TB(0) | CM(0)
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プロフィール

shoji

Author:shoji
名古屋の学生です。
今年度は日本の伝統産業を巡る旅に出てます。
旅先で見たこと体験したことを日々綴っていきます。

※すでに旅は終了しています。

mail:cus-show at hotmail.co.jp



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