shojiの伝統産業を巡る旅

名古屋の学生、shojiが各地の伝統産業を徘徊してます。

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喜如嘉の芭蕉布の現状①

喜如嘉芭蕉布協同組合、芭蕉布会館を訪ね、そこで働く人たち、作業風景を見て思ったことを綴っていきます。

まず、従事者の年齢は70代が主で上は90代、下は20代と幅広い様子。ただ20代と60代の間がすっぱりとおらず、ちょうどひと世代が抜けています。

現時点で組合に加盟しているのは22事業所で、そのうち協同組合が運営している工房を除いて21事業所は一家に一台の機織り、家でおばあちゃんがやっているという状況らしい。

そして従事者のほとんどが女性。いまのところ男性には会っていません。
男は大工に力仕事、女性は機織りと、かつての生業の名残なのでしょう。戦前は「布を織れなきゃ嫁に行けない」というほど、女性なら誰でも機織りをやっていたそうです。

芭蕉布は国指定の重要無形文化財でもあり、経済産業省指定の伝統的工芸品でもあるため、伝承者育成事業(国)と後継者育成事業(経)のふたつの事業をもって後継者を育成してきました。
しかし、そのどちらも、結局来た人が続けられない、組合の負担が大きいなどの理由から今では行われていないそうです。

いまでは地元のハローワークに求人を出しているのが専ら。
そもそも、産地である大宜味村喜如嘉というところは沖縄本島北部に位置し、那覇からも遠く、これといった娯楽施設もない片田舎です。
ただでさえ田舎なのに、沖縄という場所の特性上、本土側からやってきて喜如嘉に根を下ろすというのは並大抵のことではなく大変難しいことです。ですから必然的に、受け入れるのは基本的に地元の人、そうでなければ相当熱意のある人のみ、ということになります。

地元の若い人も数名見受けられ、人はそれなりに集まってきている様子。しかし、いくら地元の人だからと言って、「鎌を使うのは初めてです」「雨の日以外で長靴履いたことないです」という人がほとんど。「かつて芭蕉布は誰しも織れた」と言えど一世代途切れただけでこうなってしまうものです。
それでも地元志向にこだわり、「一人の天才は育たないかもしれない、でも伝統は残していける。」とのスタンスを貫いておられます。

芭蕉布の世界は、織り手が芭蕉の栽培まで手掛けます。比較として和紙の世界ならば、原料生産の内職さんがいて、漉き手が原料屋を通して買うという構造になっています。
ならば織り手に若い人もいるし後継者問題は大丈夫、というとそうでもないようです。
染色、精錬の際に用いる薪は、織り手が山に入って下手に怪我をするといけないので外注となるのですが、地元の林業は衰退し、今は60代の男性一人に頼っている状況。他にも精錬に使う木灰(木を燃やした灰)はかつて家庭から排出されるものを用いてきましたが、生活様式も変わり、今では良質な木灰を求めて遠く他県から輸送しているそうです。他にも、竹製の筬(おさ)をつくれる人もおらず、織り手周辺に多くの問題を抱えています。

地場産業というのは、その産業だけでなく、地元のいろんな人たちと絡み合いながら成り立っているものです。このように、その土地らしい生活を捨てた時点で地場産業は綻んいく、非常に複雑なものです。


長くなりましたのでに続きます。
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[ 2011/01/15 23:56 ] 沖縄 芭蕉布 | TB(0) | CM(0)
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プロフィール

shoji

Author:shoji
名古屋の学生です。
今年度は日本の伝統産業を巡る旅に出てます。
旅先で見たこと体験したことを日々綴っていきます。

※すでに旅は終了しています。

mail:cus-show at hotmail.co.jp



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