shojiの伝統産業を巡る旅

名古屋の学生、shojiが各地の伝統産業を徘徊してます。

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芭蕉畑にいく

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芭蕉布の原料、糸芭蕉の畑にお邪魔してきました。

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写真は実がなる前の蕾。
バナナのような実をつけますが、小さく種も多いことから食用ではありません。

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喜如嘉の芭蕉布では原料から地元で栽培し、織り手が最初から最後までの工程を担います。

この日は収穫の日ということで特別に許可をいただき同行させていただきました。
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糸芭蕉の木(正確には草)は成熟すると2メートルあまりから大きいものだと3メートル程になります。
糸芭蕉は3年目の成熟したものを苧倒し(うーたおし・根元から刈り取り収穫)します。

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こちらは幹の断面。
渦巻き状になっていることがわかります。

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層の間に首から提げた小刀を入れ、皮を剥がしていきます。

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剥いだ皮は内側にいくにつれ柔らかく白い繊維になっていきます。
それぞれに名前があり、ランク分けされ用途も異なります。

上から順に外から内へ

ウヮーハー:繊維が固く太めに撚る。座布団、テーブルセンター等
ナハウー:ついで繊維が柔らかくなる中間部。ネクタイ、帯地等
ナハグー:柔らかく上質な繊維。着尺地用。一反織るのに約200本の糸芭蕉が必要。
キヤギ:一番白く柔らかくキレイだが、生成りでつかうと布にムラができるため染め糸用。

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小刀を入れて剥がした皮を、手で更に繊維層と網目状の層とを剥ぎ分けていきます。
それそれの層の端を持って、もう片方の端を足でふみ、両手を均等に広げるようにして剥がします。

自分もやってみたのですが、コツを掴むまではきれいに剥がすことが出来ず、両手の力のバランスが肝です。

畑にはジュヮシャー、ジュヮシャーと皮を剥がす音がどこからか聞こえてきます。
(擬音は主観によるものです)

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剥がした皮を選別していきます。
枝に掛けられているのはキヤギ。となりの赤みがかった皮と比べても違うことがわかります。

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ある程度手に剥いだ皮が溜まってきたら束ねていきます。

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この段階で既に、赤みがかったもの、青みがかったもの、白いものと色が違います。
芭蕉布は生成り地のものが多く、こうした色の違いがダイレクトに布のムラになります。
全ての工程で気が抜けず、気を抜くと全て布に表れる、大変繊細な感覚が要求されます。

このムラがよくも悪くも天然繊維の特色です。

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網目状になっているところが捨てる部分。
剥がされそのまま畑に還っていきます。

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さようなら。良い土になっておくれ。

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畑にみえるところどころにある白は、人が働いた証。

畑は視界を遮り、人が何処にいるのかもわかりません。彼女らの働いた痕跡だけが残ります。

以下、芭蕉畑の様子が続きます。

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喜如嘉の芭蕉布はほぼ全員が女性。
慣れていないものは鎌で手を切り、蜂が襲い、炎天下にもなれば体力はみるみる失われることでしょう。
畑仕事も生半可なものではありません。

沖縄にはのどかな時間が流れているなんてよく言われますが、決して怠けているわけではありません。厳しく愚直に仕事に向き合い、この過酷な環境を生き抜いていく強い決意のようなものを感じます。

ものをつくるということは、こういうことなんです。

糸にしても、何にしても、ある程度出来上がったものが簡単に手に入るようになりました。
しかし、かならずその背景には、どこかの国の誰かが流した汗水、ノウハウを熟知した知恵と工夫があるのです。

原料の生産がどんどん海外に移り、輸入に依存するようになってしまいました。
畑を棄てれば再起させるのは大変難しいことです。ただ生やしておけばよいのではありません。糸芭蕉も年に何回か幹の幅を揃えるために先を切り落としたり、葉落とししたり、農薬は使わず虫を手で握りつぶしたり。人の知恵を介して初めて原料になるのです。
そうしたノウハウの蓄積なくして安定した供給は出来ません。そして担い手が途切れてしまえばまたゼロからの出発です。

原料生産の現場が国内から消えていく程、日本は骨抜きになり、貧国へ向かうことでしょう。

どこか今の日本社会の中では、湯水のごとく物が湧いてくるような錯覚に陥ってしまいがちです。
少しでも安いほうへ、すぐに新しいものを買う、海外依存、大量消費のサイクルを生み、その裏で厳しい値段叩き、安全性の欠如、品質の鈍化、見えないところで綻びを見せています。

生産者も、消費者も、お互いを知らなければ何をしても上手くいきません。
無知が災難を招く前に、その間を取り持つ立場が大事になっていきます。

かつて沖縄ではあちこちで芭蕉布が織られました。
いまでは喜如嘉のある大宜味村周辺に残るのみ。
沖縄の布を担ってきた芭蕉畑。
喜如嘉が背負っているものは大変おおきなもののようです。
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[ 2011/01/21 10:13 ] 沖縄 芭蕉布 | TB(0) | CM(0)
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プロフィール

shoji

Author:shoji
名古屋の学生です。
今年度は日本の伝統産業を巡る旅に出てます。
旅先で見たこと体験したことを日々綴っていきます。

※すでに旅は終了しています。

mail:cus-show at hotmail.co.jp



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