shojiの伝統産業を巡る旅

名古屋の学生、shojiが各地の伝統産業を徘徊してます。

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日本の織物の葛藤

こうして沖縄の織物をみていると、その経糸と緯糸が織りなす洗練された文様、調和する色彩の見事さに感心するばかり。

織物は反物のままではモノとして成立しません。着物になったり風呂敷になったり、形を与えられて初めてモノになります。

今ではシャツに仕立てられたり、鞄、財布、小物入れなど様々な形となって売り出されています。

しかし、そのどれを見ても違和感を覚えます。
やはり、日本の織物は着物とともに発展してきたものであり、洋装の形にはマッチせず、また鞄などに貼り付けてもチグハグとしてしまいます。

織物には絶対的に経と緯のセオリーがあります。これを自由に切り刻んで鞄や財布に貼り付けてしまってはせっかくの織物が死んでしまいます。

その点、着物はあの単純な構造が故に織物がそのままの姿で文様、形ともに生き生きとしています。極力布を切らない着物の構造は、せっかく織った布を切ってしまうのは「勿体無い」、その精神から生まれた織物にとって自然な姿なのでしょう。

しかし、こんなご時世ですから着物の出番はめっきり減りました。
当然、これでは染織産業はやっていけないのであれこれ手を尽くしていますが、どれも空回り、もしくは一過性と言っていいでしょう。

あぁ、もし着物が普通に着られる世の中だったら、今もこうして織機に向かう織り子さんたちの努力がどんなに報われることか!
と思うこともしばしば。

かといって着物を復活させればよいのか?それは並大抵のことではありません。
ならば洋服にマッチするような、いわゆるシンプルモダンな路線を行くのか?それでは今まで積み上げてきた多くのものが取り残されることとなるでしょう。
また、高度なセンスを要求されるほど日本の染織はますます限られた人のものになってしまいます。

日本の染織の舵取りは非常に難しいものです。
しかし、日本の染織は良くも悪くも呉服問屋の世界。これほど頑固なシステムはないと言えるほど保守的な業界です。

日本の染織はどこに向かうのか…
葛藤は続きます。
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[ 2011/02/04 21:30 ] 染織 | TB(0) | CM(0)
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プロフィール

shoji

Author:shoji
名古屋の学生です。
今年度は日本の伝統産業を巡る旅に出てます。
旅先で見たこと体験したことを日々綴っていきます。

※すでに旅は終了しています。

mail:cus-show at hotmail.co.jp



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