shojiの伝統産業を巡る旅

名古屋の学生、shojiが各地の伝統産業を徘徊してます。

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竹富民芸館

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竹富島にある竹富民芸館。
ここには竹富町織物事業協同組合の事務所があり、名の通り竹富島の織物の中心となっているところです。

島の人たちの作業場として使われており、今までにも芭蕉の糸づくり、ミンサーなどの技術継承の場として機能してきました。

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ミンサー、ティサージ、祭事に使う伝統衣装などが展示されています。
織り機が10台ほど並び、多くはないものの今も織物を生産しています。実際の作業風景を見学でき、ここでつくられたおみやげの織物も購入することができます。

個人用を除き、竹富島の織物は概ねここで生産されています。とはいっても工房におられるのは3名。いよいよ従事者が少なくなってしまったようで、ぎりぎりの状態が続いているそうです。産業としての竹富の織物は今後どうなっていくのか。竹富の織物の現状がここに詰まっています。
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こちらは茶系のところは芭蕉の糸、紺と白の絣は木綿糸で織られている、竹富の伝統衣装です。芭蕉の糸は大変手間のかかるもので、これと同じものをつくるとなると容易なことではありません。

「八重山ミンサー」と呼ばれている「五よ四」の絣が織り込まれたミンサーは古くから竹富にあったと言われています。戦前には織物が盛んで、生活で使う布は自分たちで織っていました。
戦後はミンサーの技術が一時途絶えそうになったものの、八重山地方の観光地化も相まって、おみやげ産業として再び栄えました。しかし、徐々に島で織物をする人は減り、かつての戦後復興の時代とは違った環境条件の中で再び苦戦を強いられているようです。

竹富島はこれまで紹介して来たように、街全体が保存地区となっていて新しく家を建てることも一筋縄ではいかず、島独特の内輪な環境、子供も少なく産業がない離島の離島では新しく人が住み着くことは簡単なことではありません。ただでさえ人がいなくて困っている中の島特有の事情がさらに問題を難しくしています。
この穏やかな環境の中で織物やってみたいという人は探せばいるとは思いますが、一生ここに住むとなると話は変わってしまいます。

ここに並べられた10台程の織り機は、不要になった織り機がここに集められているもの。人数に不釣り合いな台数が竹富の織物を物語っています。

これから産業としての竹富の織物を続けていくのか、文化として島の祭事と強く結びつき技術保存をしていくのか、今まさに岐路に立たされているように見えました。
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[ 2011/05/14 01:08 ] 竹富島 | TB(0) | CM(0)
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プロフィール

shoji

Author:shoji
名古屋の学生です。
今年度は日本の伝統産業を巡る旅に出てます。
旅先で見たこと体験したことを日々綴っていきます。

※すでに旅は終了しています。

mail:cus-show at hotmail.co.jp



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