shojiの伝統産業を巡る旅

名古屋の学生、shojiが各地の伝統産業を徘徊してます。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

[タグ未指定]
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

離島の生活

DSC_6250.jpg

竹富島に滞在していた頃、宿のマスターが離島の生活について語ってくれました。

離島はのどかで開放的な暮らしをイメージする人も多いかと思うのですが、そんな一筋縄ではいかないよという話でした。

まず、市場が狭く仕事がない。低所得にならざる得ない地域なのに、それにも関わらず物価が高い。
物価が高くなってしまうのは全てに輸送賃が上乗せされるから。竹富島にはスーパーはもちろん、野菜などを売るお店というものがありません。食料のほとんどを石垣島からの船便で取り寄せます。天気が悪ければ船は欠航=物が入ってこない。

民放が入るようなったのもここ10年くらいのことで、あらゆるものが遅れて入ってくる。物がすぐに手に入りにくく、なにをするにも時間がかかってしまう。


まぁこの辺は予想できる範囲かなと思います。
更に話は続きます。
宿のマスターは昔料理人だったそうで、その感覚で言うと、食べ物が不味い。
それもそのはずで、沖縄は土壌が痩せている、水が豊富にないという環境で、本来は農業向きではありません。しかも魚は本土側と比べるとしまりがなくおいしくない。

そういわれてみればそうですよね。田舎=食べ物が美味いというイメージはありますが、それは恵まれた環境があってのことで、必ずしもそうではありません。

食べ物が豊富でなく、本土側と比べれば厳しい環境の中で、特に竹富島は農業に不向きであったため、昔の人は西表島まで手漕ぎの舟で渡っては、そこで田植えをし、木を切り出して島に持ち帰り家を建てたと言います。とてもパワフルですね。
そんな暮らしからか少ない食料で筋肉隆々、宿のマスターに言わせれば「昔の人は化け物。そりゃ長生きするわ。俺たちは軟弱だからそんな長生きはできん笑」強いものだけが生き残る、沖縄の長寿にはそんな摂理が働いているのかもしれません。


この宿のマスターは移住してきた人で、きっかけは、たまたまこの島に旅に来ていて、あてもなく長居していたころ、水牛車のガイドにスカウトされたのだそうです。それから島で暮らすようになんたんだとか。
今でこそこうした外から来た人を受け入れてくれる風潮にありますが、ひと昔前までは、ナイチャー(内地(本土)の人・蔑称のように使われることもある)には、島の行事に参加させなかったりと、頑なに拒んできた時代があったそうです。

外から来た「ナイチャー」が島のことを何も知らないでズカズカ入って来て・・・島の人が煙たがるのも仕方がありません。過去にも、沖縄の島々の他所から来た人が神聖な場所に知らずに足を踏む入れてしまって、島の人とトラブルになってしまうなんてこともしばしばあったようです。


そういえば前に久米島の人も「娯楽は釣りと酒。あとは何もない。」ということも言っていました。なかなか離島で暮らすというのは、物が豊富にある他地域の人からすれば大変なことなんだなぁと思う。

ま、でも住めば都なんでしょうけど笑
きれいな海に囲まれた生活というのも少し憧れるところもあります。
スポンサーサイト

[タグ未指定]
[ 2011/05/18 16:22 ] 竹富島 | TB(0) | CM(0)
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
プロフィール

shoji

Author:shoji
名古屋の学生です。
今年度は日本の伝統産業を巡る旅に出てます。
旅先で見たこと体験したことを日々綴っていきます。

※すでに旅は終了しています。

mail:cus-show at hotmail.co.jp



    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。